【*2015/06】


by kfushiya
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

<   2011年 07月 ( 1 )   > この月の画像一覧

c0206731_11274130.jpg

↑1.Carnies/2.Dream Logic/3.Marchebrisee/4.Gavia/5.Double Exposure/
6.Pea Head/7. Proliferation/8.Sphericals。※この当時はケルン~アムステルダムベースのバンドだが、現在はMichael Moore以外は全員ベルリンに在住。


おはようございま~す。週初めに小曽根真の端整なモーツァルトのコンチェルトに触れて以降(※JazzTokyoにて近くレヴューします)、連日なんやかんやのイヴェントなりに便乗してアルコールを摂取することが多く、筋肉が弛緩したような状態でめまぐるしく時間ばかりがすぎてゆき(すぐ赤くなるのを欧州人よりよくバカにされたものだが、短期間一緒に住んでいたスウェーデン男に「容易に赤鬼状態になる情けない娘を外国に放置している母親の顔が見たいものだ」とか揶揄されていた。こういうこという奴がノイローゼになって最後はストックホルムより母親が来て収監されていったのには笑えるものがあった)。その間、リスボン時代の懐かしきA君と11年ぶりに再会して(日本の風景が似合わん奴よのう)今さら知った驚愕の事実に大爆笑したり、モザンビークの狂瀾の宴話やらブラジル再訪感動秘話やらで、しばしくそ暑い極東での、地味すぎて鼻で笑うしかない自分の日常から逃避したのでした。瞳孔が開いてゆくあの感覚をもう一度!という感じなんですが。

最近Achim Kaufmannのピアノにどっぷりと嵌まっているが(7/29に新譜も出ます)、気に入りすぎてソラで覚えているもののCD自体は紛失してどこへやら、というオクラ炒り状態だった『Double Exposure』(Leo;2000)を旧知のS氏がロムに焼いて下さり昨日拝受(ジャケまでコピーしてケースに入れていただき感謝)、起き掛けからガンガンかけて幸せな週末です。パーソネルはAchim Kaufmann(p); John Schroeder(g, bass-guitar); John Hollenbeck(ds);Michael Moore(reeds)。ピアニストは頭の良い人が多い、というけれどKaufmannを聴いていると如実にそれが実感されてくる。ピアノの配線の隅までが、作曲するときのペン運びのミクロな跳ねまでが見えるかのよう。複合的なパースペクティヴ。そんなひそやかなニュアンスと、精確なクラリティを保つパリっとした音色とが渾然一体となってえも言われぬ香気として立ち昇るのが、何とも痒いところに手が届く。緻密かつリリカル、秘めやかなりしダイナミズム。

Michael Mooreのクラリネットの素直な音の呻吟に、のっけから小理屈なく素敵だと思うけれど、冒頭の”Carnies”、作曲が単純に素晴らしい。シンプルなるバップ。すがすがしい。ピアノの強力でパーカッシヴなコード押さえがガツガツと身体に響く。音色の透明度と音圧がいい。メロディはクラリネットが主導し、豊麗なピアノがそこにみっしりと肉付けして塗り込まれる。Hollenbeckのクールでハケのよい弾丸ドラムは存分に暴れ、変拍子間のシフトも実に鮮やか。曲全体にファンキーな粘度を付与しているのは本作ではbass-guitarのJohn Schroeder。さすがのマルチ・インストゥルメンタリスト、自分の存在感も確実に際立たせつつも、各プレーヤーの影に回って支えるのが実に巧い。気が利くのだ(考えてみればSchroederは20歳そこそこの時にアムステルダム音楽院のギター科の教師に着任していたというから、もともとアムスにゆかりは深い)。この”Carnies”はタイトルからも推察できるように、ミュージシャンたちの個性を自然に発露させるのにもってこいの「お披露目」的な一曲。「若年期に影響を受けたのはほとんどロックだった」というJohn Schroederの原風景的なものも垣間見えるプレイ。暑苦しい余韻ではなく、純粋にメカニカルな楽しさだけが前面に。終盤のベースラインのスタミナも聴きどころだ。

3曲目、ノイジーなHollenbeckのパーカッションとプリペアドを巧妙に仕組んだピアノの鋭角的なリズム反復で始まる”Marchebrisee”。周縁から悪寒のごとく押し寄せてくる震えとブレ感。湧き上がり下降してはそこに絡んでくる見事なテクのギターのパッセージ。一音一音が連結されつつも底から跳ね付ける弾みと丸み。そんな縺れた糸に高みから高圧的に風を吹きつけるMicheal Mooreのバスクラも素晴らしい。Kaufmannの見通しの聴いたサウンド構築力を見せつけられる。「醒め」効果が増幅すると、あまりに屹立するがゆえ一瞬熱さと紙一重になるのだ。ふとした瞬間に穿たれるピアノの一音がぞっとするほど柔和にして冷酷なのもいい。

6曲目"Pea Head"も掛け値なくかっこいい。この曲でも強力なグルーヴの下地はベース。いまどき良い音楽に関してジャンルとかなんとかいうのも馬鹿馬鹿しいことこの上ないが、非常に卓越したベースラインにして単純に幻惑される。緻密で知的だが泥臭さを微塵も失っていない世界。中盤でメロディの綾としてベースがぬっと表に出るのだが、その綾とりの眼をひっくり返した感じの出方がまたいい。対するMichael Mooreのアルトソロは、いい意味でオーセンティックな「ジャズ」で、艶と掠れの一筆書き。ピアノはパーカッションとメロディの間を行ったり来たりしながら、バップ的な押し出しのよいアタックを繰り返すのだが、絶えずの何かが破裂する瞬間に立ち会っているような印象をこちらに与えながらも、途切れずに一本のメロディの糸が垂れ続けているというかなり入念な魅惑の構図。Michael Mooreはクラリネット、バスクラ、アルト・サックスを吹分けているが、特に「クラリネットってこんないい音が出る楽器なんだ」と認識させる好プレイが一貫。何回聴いても飽きないアルバムである。

また止まらなくなってきたのでこのあたりで失礼します。皆様素敵な週末を!
[PR]
by kfushiya | 2011-07-09 11:23 | 音楽と日々雑感 | Comments(0)