【*2015/06】


by kfushiya

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↑Custodio Castelo, Portugal Guitar


日本にとっての外国文化とは、もとはポルトガルとオランダである。この2国に懐かしさに似た感情を抱く方々も多いのではないだろうか。双方とも、民族の体格差には雲泥の差があるが、海に出て行った民族だ。海に開けた海洋国家は風通しもよく、独特の風情があって旅情もそそる。

日本を抜きにしても、この2国は思わぬ繋がりが深いのかもしれない。ワールド・ミュージックの隆盛に伴ってポルトガルの民族音楽ファドも世界に知られることとなったが、アマリア・ロドリゲス亡きあとのファド歌手はどれも洗練されすぎている嫌いがあった。HondaのCMから一躍人気グループとなったMadredeusも、通好みではエキゾチックさを巧みに残しながらフランス風に洗練されたMisiaも、時代の流れとはいえ少々物足りない。泥臭さが足りない。そもそも洗練を求める輩がポルトガル文化に辿りつく訳はない。そんな中で「本来のファド」っぽさを色濃く残している女性歌手といえば、Dulce Pontes(ドゥルス・ポンテス)かChristina Branco(クリスティーナ・ブランコ)だろう。クリスティーナ・ブランコには『Sensus』などの佳作が沢山あるが、ここでは『蘭葡文化交流』の一つの集成とでもいうべき誠に渋いアルバム『O Descobridor』(ウ・デスコブリドール=発見者)について触れたい。

クリスティーナ・ブランコとオランダの関わりは深い。もともとファド歌手になる気などさらさらなかったクリスティーナが、何かの素人のど自慢大会で歌ったときに在ポルトガル・オランダ大使がえらく感銘を受けたのである。本国ポルトガルより先に、オランダで成功して逆輸入されたといってもいい経緯がある。アルバム『O Descobridor』は、逆に在オランダのポルトガル大使が、オランダが誇る詩人・Jan Jacob Slauerhoff(ヤン・ヤコブ・スラウアーホーフ;1898~1936)の著作に感銘を受け、「ポルトガル語に訳してCD化したい!」と強く願ったことに端を発する。そこで白羽の矢が立ったのが、オランダとの縁では欠かせないクリスティーナ・ブランコという訳だ。

スラウアーホーフはオランダ北部はフリースランド地方Leeuwarden(ルーワールデン)出身の作家にして詩人。アムステルダムで医学を専攻したが、学問よりはボヘミアン生活にのめり込みボードレールやヴェルレーヌらのフランス象徴主義に傾倒した。卒業後は一旦は医学の道に入るものの、人間関係に伸び悩んで断念、東インド会社に就職する。この東インド会社を契機に、"java- China-Japan Lijn"(ジャワ・中国・日本ライン)、"Holland-West-Afrikalijn"(オランダ・西アフリカライン)などの貿易会社を渡り歩き、日本や中国、香港、マカオといった東方諸国に滞在、エキゾチックな創作のインスピレーションを次々と得ていく。なかでも1932年に発表された、半歴史的・半創作、といえるスタイルの『Het verbooden rijk』(禁じられた帝国?、ドイツ語だと" Das Verbotene Reich"か。なんだか第三帝国を彷彿させるなあ)は、ポルトガルの大詩人・Luis de Camoes(ルイス・デ・カモインシュ、あの「ここで陸尽き海始まる」のカモインシュである)の生涯を題材にした傑作である。後に流行るマジック・リアリズムとか、歴史編さん小説(historiographic metafiction)を一足先取りしていたといえる。後世のオランダ人作家に与えた影響は大きいと見え、このブランコのアルバムのラストでVoiceを担当するのは、現代オランダ文学を代表する作家であるCees Nooteboom(チース・ノーテボーム)なのも見逃せない。

盛り沢山の内容なのでついいろんな人物の名が出てまわりくどくなったが、アルバムをアルバムたらしめるのはまぎれもなくメロディーである。作曲はほぼ全曲、ポルトガル・ギターを弾くCustodio Castelo(クストディオ・カステッロ)だが、非常に趣味の良いミュージシャンである。クリスティーナの抜けるように澄んだ声を引きたてつつも、確実に存在感のあるインストゥルメンタルの世界を影で紡ぐ。しっとりと落ち着いた、ひと昔前のヨーロッパの味わいがある。「ファド・ギター」というと太ってはげた眼鏡の紳士、を想像していたが、本人のサイトを見ていい意味で期待を裏切られた。スキンヘッドがよく似合う、なかなかの男っぷりだ。こんなところにもファド新世代の到来を感じる。

このアルバムを聴くたびに、想像や追憶がポルトガルやらオランダやら縦横無尽に乱れ飛ぶ。Leeuwardenは風光明媚な地だというが、あんなによくアムスに行っていたのに一足伸ばしてサイクリングに行かなかったのが悔やまれる。

c0206731_165272.jpg←ポルトのFNACで購入。紙ジャケのブックレット式。Slauerhoffのマカオ滞在モノクロ写真なども収録されている。ついでに露天で買った金魚のブローチもいかにもポルトガル風のぷっくりデザイン。
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by kfushiya | 2009-11-25 09:18 | ポルトガル語圏 | Comments(0)
エレーヌ・グリモーがまだ妖精のような美少女だったときに、仙台でリサイタルに行ったことがある。父親が外タレの演奏会に子供を連れていくことを習慣化していたからである(82年のマイルス・バンドに無理やり連れていかれた兄は、後にとても感謝していた)。曲目は細部までよく覚えていないが、ラフマニノフやショパン、ドビュッシーあたりのロマン派で占められていたように思う。当時、実家で購読していた『レコード芸術』だったか『音楽の友』にグリモーについて記事が出ていたからか、かのヴラド・ペルルミュテルが絶賛、というキャッチでも載っていたからか、単に絶世の美少女だったからか、理由は不明だがとにもかくにも仙台電力ホールにお出かけした。プログラムに記載されてあった「イヴ・サンローランがグリモーを絶賛し、衣装をすべて引受けている」という件が、演奏より何より印象に残っている。演奏された曲目はどれも一定の基準以上のものではあったが、「若いわりには」という前提つき。ベートーヴェンなどを演奏している様子は想像がつかなかった。客は我が父親のようにルックスに惹かれてのおっさん連か、自分のようなパリやヨーロッパに憧憬を持つマセたピアノ少女ばかりだったような気がする。ブーニン初来日騒動等もあった、バブル期の話である。

そんなグリモーだが、少々変わった歳のとり方をした。売れっ子ピアニストの他の肩書きは、北米だかカナダの「狼センター所長」である。フランス女らしさはなりを潜め、どちらかというとドイツっぽい(実際、ベルリンで過ごすことも多いらしい)。むら気で不機嫌な幼女がピアノに開眼し、天才少女といわれる時期をへて、伸び悩みつつも演奏家として成長していく過程と平行しての、狼との運命的出会いや一人の女性としての嗜好の成熟は、自叙伝『狼のソナタ』?(原題は 『Variations Sauvages』 だがドイツ語版だと 『Wolfs Sonaten』 だった)で語られている。なぜ今急にグリモーを思い出したかといえば、先日無性にブラームスの「2つのラプソディー」を聴きたくなったとき、手元にあったのがグリモー版だったから。

名門ドイッチュ・グラモフォンから出ているHelene Grimaud 『Reflection』というアルバムだ。クラッシックでも最近はこういう企画モノ、盛んなんでしょうかね。最近でもブラームス直系の末裔・ヘルマ・ザンダー・ブラームス監督がマルティナ・ゲデクと組んだ『クララ・シューマン愛の協奏曲』が記憶に新しいが、エレーヌ・グリモーが「シューマン~クララ~ブラームスの愛の在り方(この3人は、グリモーの序文によると"I want you to be"で結びついていたらしい)」に着目し、この3人の曲を様々な形態で一枚のアルバムに収めたもの。冒頭がエサ・ペッカ・サロネン&ドレスデン歌劇場管弦楽団と組んだ、シューマンのピアノ・コンチェルト第一番、次が才媛メッゾ・ソプラノ歌手アンネ・ゾフィー・フォン・オッターとのクララの歌曲3曲、チェリストの・トゥルルス・モルク(Truls Mork)とブラームスのピアノとチェロのためのソナタ第一番、と来て最後はソロの「2つのラプソディー」で〆るという趣向。しっかし、これだけのスターを「伴奏扱い」でグリモー名義で総出演させているとは少々驚きである。そんなにもスターだっかのか、グリモー?

演奏のほうは、コンチェルトではオーケストラの音に沈みがち、デュオではかえって目立ちすぎ、という感じ。ただ、そのピアノの音色に「優等生っぽい臭いが全くしない」のが魅力だ。ジャック・ルヴィエやピエール・バルビゼなんかの、フランスの名教師の教えは受けているはずだが、「一匹狼」的雰囲気が濃厚に漂う。独学っぽいのだ。さすが狼女である。技術的にいえば、グリモーより上手いピアニストは今日びの日本にもいくらでもいるだろう。ただし、「コンクール臭い」タイプが圧倒的に多いのである。幼少時より無味乾燥な練習曲の類をものすごいスピードでもってこなし、コンクールを制覇して築きあげたところの鉄壁の鎧。そういう跡が、グリモーには全くない。きっとその時々に最も気に入った「ステージ用の曲」のなかで、テクニックも自然に身につけていったのではないか。コンクールなんかとも無縁(入賞目当てではなく、審査員であった当時の師匠、ジャック・ルビエを追いかけて、ろくに課題曲も準備しないでモスクワのチャイコフスキー・コンクールに行った話をどこかで読んだ)。そういう自然体の精神が、陰影のあるピアニズムとなって表れている(これがセンスというやつ?)。

事実、優等生がやっても何の面白みも存在感もない企画モノである。

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↑『Reflection』(deutsche grammophon) のジャケット
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by kfushiya | 2009-11-19 11:24 | 音楽と日々雑感 | Comments(0)
いるだけで何となく可笑しい人がいる。
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↑Paul Brody(c) Dirk Haskarl

ベルリン在住のアメリカ人トランペッター・Paul Brody(ポール・ブロディ)がまさにそうだ。私の記念すべきベルリンお初ライブ体験がこの人のバンドだったことはいつか書いたが、「イカレ系」としては屈指。だが、トランペットの演奏自体はむしろオーソドックスで、結構ロマンチストな側面をものぞかせる。演奏というより、人物そのものに関する逸話が多い。ライヴの前の日に彼女2人が鉢合わせしてそれぞれ両頬をド突かれ、演奏不可能になったので代わりに弟子をステージに上げ、自分は客席の前列から指示を出していたとか何とか。真偽のほどはわからないが。

その Paul Brody率いるバンド"DetoNation Orchestra"(デトネーション・オーケストラ)のアルバム『Animal & Cowboy』は、彼がサンフランシスコに帰省中にたまたまフリーマーケットで見つけた詩集に曲を付けたというもの。彼自身によるライナーでは、「ブルース以外の北アメリカのフォーク・ミュージックは知られていないので、それを表現するのにもってこい」と述べられている。1. Animals and Cowboys、2. Love and Water、3. Food and War、4. Trains and Death、5. More Animalsの五部仕立て。それぞれがさらに何章かに分かれており、カウボーイや船乗りの人生が哀愁とユーモアとロマンと自虐たっぷりに、楽器とヴォイスにより綴られていく。バンドのメンバーが、David Moss(voice)、Tony Buck(dr, samples)、Ed Schuller(b)、Michael Rodach(g)という個性・実力ともに揃った方々なので凡そ語られる物語の入念さと壮大さは想像できようというもの(たまにMossの代わりにAlex Nowitz、Schullerの代わりにCarlos Bicaになったりする)。

そのまま聴いていても充分楽しいが、詩人・Paul Brody自身による詳しいライナーを見ながら聴き進めると理解度が深まる。彼はもともとボストン大学で本格的にポエトリーを専攻したという詩人なのである。根っからのロマンチストでストーリーテラー。一つの壮大な物語を作るための手段として、各楽器なり声なりが機能している感がある。どれか一つの楽器が目立つということは全編を通してあまりなく、楽器のソロの部分でも役者が台詞を語っているような、演劇じみた雰囲気がある。曲ごとのライナーは英語だが、各ページにドイツ語よるアフォリズム形式の文章が書き連ねてあり、これがまた複雑だが独特な回路を持つブロディの思考の一端を見たようてなかなかに興味ぶかい。例えば冒頭。

「記憶が『デジャ・ヴュ』に絡まれ始めると、音楽が生じる。記憶は穴だらけの広帯域フイルムのようなもので、良い記憶は抜け落ちる。記憶は未来的展望で見た場合の現在を過去として我々に突き出すと同時に、長い間そうであるはずと思われていたものを揺るがす。云々」

で始まり、最後が「記憶はトランペットだ」で終わる。何だかよくわからん。『記憶』はこのアルバムの重要なモチーフであり、本人も「ベルリンの暗い冬に味わうからこそこの詩集が格別となる」と言っているように、「異郷・ベルリンで郷愁とともに少々行き過ぎてしまった奇人・ブロディの、エスカレートした妄想一部始終」の表出、と受けとるのも面白い(なんだか、ドラえもん物語は全部のびたの夢だった、というあの残酷な仮定を思い出す)。ゲスト・ミュージシャンもBilly Bang(viollin)、Rudi Mahall(Cl.)、女性のテューバ奏者・Bettina Wouschkeと、ひそかに豪華だ。

別編成のクレツマー・バンド『SADAWI』も面白いが、これは生粋のニューヨーク色が濃い。DetoNationのほうは、「ベルリンのアメリカ」色である。
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by kfushiya | 2009-11-16 14:37 | ベルリン/音楽 | Comments(0)