【*2015/06】


by kfushiya
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Food “Quiet Inlet”(ECM;2010)

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ECM;2163


来月イアン・バラミーとトーマス・ストレーネンによるユニット”FOOD”が来日するので楽しみだ。巻上公一氏のご指名で、名古屋TOKUZO公演のフライヤ紹介文を書かせていただいた。今回の公演ではこのユニットに、巻上公一、ニルス・ペッテル・モルヴァルが参画するが、ほかにも日本のさまざまなミュージシャンが共演するようだ。本当は観光も兼ねて名古屋に行きたいのだが、日程的に許さなそうなので横浜のBankArt公演かな、自分が行くのは。

てなわけで、ECMより出ている最新作の"Quiet Inlet”(2010)を引っぱり出して聴く。計7曲収録されているが、ゲストはクリスチァン・フェネシュとモルヴァルのふたりで、一曲目からほぼ交互に参加する。独特の閑寂の気配が全体を通して支配するのはECMだから当然といいえば当然であるけれど(タイトルからも)、やはり聴くほうにかなりの集中力を課す、というか無言で圧力をかけてくるような凄みがあるのは奏者とクルー両サイドの熟練の賜物だろう。実際、注意力散漫な状態であったり、音質の悪いオーディオ環境で聴いたりすれば、かなり遠くからの不可思議な音群、といった捉えどころのない印象を生みかねない。それくらい空間のおおい音楽であり、だからこそライヴで聴いてこそ素晴らしいと思わせる。しかし、こちらが集中していればいるほど、無限の奥行に捉えられ、濃厚な音の広がりや残存に足もとを掬われる。FOODは、とても自由なユニットで、毎回多様なゲスト・プレーヤーにも開かれている世界なのだろうが、突き抜け感と同時に音が積み重なってゆく考え抜かれた緻密さと計算高さがあり、その矛盾が聴く者の感覚を引きちぎる。人工的であるはずのエレクトロニクスは、ストレーネン、モルヴァル、フェネシュの3人が用いてはいるが、ノイジーな瞬間はあまりなく大人しめ。あくまで肉体によって制御されている感が失われておらず、だからこそリード楽器も映え渡る。フェネシュを聴くのは、実はいつだったかの『Nine Horses』以来なのだけれど、浮き沈みのバランスが相変わらず何ともいえない。いわゆるギターらしい音は終盤以外はあまり感知されないが(7曲目Fathomで溜めていたものが一気に花開く感じがいい)、いかなる形状でも独特のポエジーが絶えず滲みでているという。フォームを超えているのだ。個人的には、ニルス・ペッテル・モルヴァルが入ったときに生まれる、とたんに空間がぐわんと歪んでいきなり大きな距離を跨いだ感覚が生じるところが好きだ(録音技術抜きにしても)。やわらかな息吹だが、一瞬にして遠方までを凍らす怜悧な質感が張り巡らされる。バラミーとモルヴァルのリードによる掛け合いは、中東っぽさを感じさせながらも、どこか臭みが抜け切った牧歌的で瞑想的な境地であり、それは人造的な理想郷みたいなものには違いないのだろうが、そうした行き先不明のノスタルジーこそが音楽の醍醐味でもあるわけで。同じ時期に来日するThe Necksのトニー・バックにしても、現代のすぐれたドラマーというのは本当にいろいろ出来るもんだなあ、とトーマス・ストレーネンの確固としたヴィジョン抽出力にも感服することしきり。

気分はすっかり4月なのだが、まだ3月なんだよなあ。25日は父親の77歳の誕生日を祝うべく(ついでに数日後に控えた数えたくもない自分の37回目の生誕の日をいっしょくたにし)実家へ日帰りするが、このところの体調の悪さを考えると夜行バスは気が重いなあ、やはり。父が健在なことには感謝することしきりだが、自分も歳を食うわけだ、とふと身に沁みる春分の日。
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by kfushiya | 2012-03-20 22:24 | 音楽と日々雑感 | Comments(0)