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![]() Samuel Blaserはスイス生まれ、スカラシップを得てニューヨークへ渡ってこの方、目覚ましい活躍を続けている。現在はベルリンを拠点に活動しているという。ドイツ語圏でトロンボーン、というとNils Wogramが思い出されるが、やはり楽器柄かのAlbert Mangelsdorffと引き合いに出されるのは宿命のようだ。以前Wogramが何かの雑誌で、Mangelsdorffを踏襲しないまでも、やはり彼のようにアコースティックの可能性をとことん追求する方向で行きたい、たとえそれが時代に逆行することであっても、という主旨で語っていたのが印象に残っている。今回Samuel Blaserを初めて聴いて、やはり同じような気概を感じた。まぎれもないヨーロピアンの伝統、ちょっとやそっとでは揺るがぬ頑迷なる構築力である。息の長いスパン、力みなき音のフロウ、余裕たっぷりのインプロ、伝統の良いところだけを残して古臭を抜き去った「吹っ切れ感」。しかしまあ、ドイツ語で管楽器奏者はder Blaeser(ブレーザー)、ウムラウトがないだけで発音はほぼ同じ、吹くために生まれついたような男なのかしらん。 パーソネルは、Marc Ducret(guitar)、Baenz Oester(bass)、Gerald Cleaver(ds)というニューヨーク色の濃いヴェテラン揃い。このクァルテットの名義では”’7th Heaven”(Between the Lines;2008)、”Peace of Old Sky”(Clean Feed;2009)に続いて3作目。『Boundless』はBoudless Suite Part 1~4から成り、各Suiteは13分から17分と十分な長さ。タイトルから、「好き勝手やっているようなフリー・インプロがとりとめなく続いているものか」と安易に想像することなかれ。まず、轟音が渦巻くことはあまりない。4人の奏者はかなり細かいところまで「しっかりと」弾いており、微小なテクスチュアは綿密に息づいている。そうしたムーヴメントが寄せたり返したりするアンバランスの妙が、ある種リズミックで心地良いバランスとなって音楽が四方八方に広がっては全体が底上げされてゆく快感がある。中心は何かという惰性で捉えようとすれば確かに”boundless”に感じるかもしれないが、全体に異様に余韻のある余白が張り詰めている。今さら美学的なことを言うつもりも毛頭ないが、要は気配が肉体に及ぼす効果-----それが絶妙の結びつきで骨が1本1本外されるように実感されてゆく。アコースティック・レヴェルにおいては百戦錬磨の4人が、音の抽象性を高めて独特のアンビエントを造り出してゆく、その静かなグルーヴ。 個別に見てゆけば、Marc Ducretのギターがエレクトリックである分だけ、やはり異化的に目立つ。Blaserのふくよかなトロンボーンと小刻みに絡むあたりも気持ちが良い。Gerald Cleaverのドラムは、シンバルなどの金属音、とくに弱音部が効く。先鋭的ながらも全体を包み込むような柔らかな響きを同時にもっており、時折現代音楽にも通じる遠近感をも醸し出している。遠近感----といえば全員がそれに長けているともいえ、引き際と出際の自然さはほとんど肉体から絞り出される呼吸そのもののよう (楽器の種類如何によらず)。4つの組曲(suite)を相互に繋ぐ各曲のエンディングも、こうした肉感的なインターアクションで執りおこなわれる。というか、このエンディング部分がミソである。サブリミナルのように意識裡に堆積し、聴き終えてしばらくしてからこの部分だけ蘇ってきたりする。Baenz Oesterの潜伏力、ここぞという時に顔を出すまでのスタミナの持続力も聴きもの。押し、ではなく溜めの極意の絶好の例。 Samuel Blaserの広範なる音楽像は、むしろ出された音を超えたところに濃厚に立ち現れているような感慨をもつ。それぞれの音は、巨大な実体の尻尾をつかむためのヒントであり、要所でジャンクション・ポイントのみを提示するコンポジションにはいぶし銀の貫禄すら漂う。まだ30歳を迎えたばかりだというから恐れ入る。この老成ぶりは何だろう。 【関連リンク】 http://www.hathut.com/home.html http://www.samuelblaser.com/
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