【*2015/06】


by kfushiya
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Achim Kaufmann 『Kyrill』(pirouet;2008)

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↑ミクロの推移が美しい。蚕が糸を紡ぐのをルーペで見るような、局部拡大の充実がある。


先日、家の近くの本屋で団鬼六の本を持ってレジへ行ったところ、純朴そうなアルバイト学生の男の子が密かにしげしげとこちらの顔を見てきた。「このおばさんそういう趣味持ってんのかよ」と目が問うている。ほとんど漫画に近いノリに過ぎないんすけど、こっちは(男友だちに話したら、女ならそういう本はせめて家から離れたとこで買えということだ)。まあ、勝手に軽蔑でもしてくれ。そのくらいでいいのだ。学生のころから百戦錬磨のヤリ手なんて、将来ロクな奴になりませんぞ。などと、よくわからん知識欲のみでひたすら意味不明だった自分の若年時代を思い出しつつ。

執着の対象が何であれ、細部へのマクロ意識はめくるめく美の源泉であったりもするわけで。Achim Kaufmann Trioの2008年作品もしかり。派手な要素は全くない。しかし、ジレながら進む単純な単音の指さばきがみしみしと寄せてくる。音が切れ切れになればなるほど、琴線へ迫りくる。蜘蛛の巣に絡め取られてゆくクリスタルの透明度、不穏に濁りを増してゆくさまが良い。シャドウイングしつつピアノのサウンドにねっとりとした影を落としてゆくJim BlackのドラムとValdi Kolliのベースが絶好のイントロであるブルージーな1.Lijanje。一瞬セロニアス・モンクを彷彿とさせながらも、すれすれのところでヨーロッパ的な心象風景へとすり抜けるピアノ・ソロ、2.のSlow Roundabout。19世紀のベルギーの画家・James Ensor(ジェイムス・アンソール)に想を得たという3.Ensormauqueは、やはり明瞭ではない曳き気味の音色が印象派的に滲みをを醸す。Jim Blackのドラムとリズミックな類似性で噛むところでは、「色彩は強烈でも結果としてボケている」という絵画らしい視覚性を刻む。ダブル・ベースは楽器自体の短所とも受け取れる乾音のはじきを巧妙にサウンドの隙間へ滑りこませる。互いのボディ同志のノイズも含め、ピアノとべースによるみっしりとした凹凸のなかを、綿密にパースの効いた怜悧なドラムが推進してゆく4.Dewy Redman。ピアノの暑苦しくも縺れたタッチはタイトル通り、2006に物故したサックス奏者の音色へのオマージュか。オマージュというかリスペクトは次の5.Misha Antlersへも持ち込まれる。言わずと知れたMisha Mengelbergである。Achim Kaufmannはアムステルダムに長く、メンゲルベルグに指導を受けている(アムスに住んだジャズピアニストで彼の影響を受けない者などいないが)。このあたりで「サウンドの構築性」へ挑むといった、少々紋切型のスタイルが透けて見えなくもない。リズムというストラクチャー、その範囲内で音がいかに作用し合うか、に自然注意は向けられるのだ。ベースの単調なリフレインもサブリミナル効果大。低音のピアノのリフが不穏に舞う6. Scarineでは、右手と左手は全く分離した世界を現出。一見右手が担うアルペジオやメロディが目立つが、実はそれは効果音に過ぎない。ポイントで穿たれるプリペアドのオクターヴ音が、音楽全体にパリッとした糊を効かせる。フィヨルドの微かな地殻変動のごとき水面下の衝突がクールかつ幻想的なピアノ・ソロ。緩急のメリハリも効いたフリー・フォームのトリオ編成のなかで、敢えて控え目なリリシズムを保つことによって音響自体のスライド感を見事に炙り出した7.IMBOと8.DOROBO。ソロ・インプロ部分も押しつけがましさ皆無。シンプルで静謐なピアノのパッセージは、あまりにも自然に立ち昇るが故に、ただ「美しい」という感想と余韻以外持ちえない。ソロ・インプロの貫録としてはそれで充分なのだ。次の9.Blue-BrailedとラストのStanley Parkに至っても、ピアノの透明度は増してくるのだが、抑制の効いたドラムとベースが訥々と語り続けるさまにチェンバー・ミュージック的なアンビエントが光る。伝統的な一方でどこか新しい。地味派手。音量はぐっと抑えられ、練られたコンポジションの屋台骨がすっきりと浮き立つ。こんなに大人しいJim Blackは初めて聴いたが、ずば抜けた瞬発力はどんなに微音でも健在だ。

"Kyrill"とは、2007年初頭に中央ヨーロッパを襲った台風の名称。台風の暴威はどこにも感じられなく、むしろ台風の目の不気味さをつぶさに描いたとでもいおうか。ドイツ・アメリカ・アイスランド、というメンバーの出自のバラエティも、アムステルダムの「唯一の法則、自由のみ」という雰囲気のなかで一旦据え置かれ、霧消している感あり。そうした緩さも音間に潜む。ちなみにこのトリオの新作は7月末に発売される。
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by kfushiya | 2011-06-22 00:54 | 音楽と日々雑感 | Comments(0)