【*2015/06】


by kfushiya
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続・Archie Shepp

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↑Archie Shepp『For Losers』既成概念を嘲笑うかのようなジャケも最高

この週末もライヴに行こうかどうか迷ったが、結局金曜日の「八木美知依ソロ+マッツ・グスタフソン」以降(このライヴもソロ中心だったので、楽器自体の持つストイシズムを八木流ポエジーとブルースで味わい深く際立たせたものを堪能できた。ルーパを使って実況を蓄積させていくところでは、かなりファンタスティックに木の世界へと分け入ることが出来た。日本の≪桐林≫より≪西洋の森≫をイメージされた方が多かったのではないか)、ずっとこのArchie Shepp漬けになっていた。いやはやすごいアルバムだ。人生が全部詰まっている。臓物の煮込みのような世界だが、そういったブチ込み料理には必須の、強烈な「臭気」に満ちている。そもそも"Funk"の語源は「臭い」なのだから、無臭とか漂白があってはならないのだが。それにしても!、だ。これほどキョーレツに人生を感じさせてくれるアルバムも珍しい。凝りに凝ったフランス料理より、新鮮素材にそのまま塩しただけのようなカカアの家庭料理に人は立ち返る、のが生活というものだ。生活臭に満ち満ちたエネルギーにこれほどの感涙や充実感を覚えるということは、現代の生活臭というものがいかに稀薄で軽薄な嘘で塗り固められているかに気付くからなのではないか。人と音楽との感応が、実人生の経験とどの程度符合するのかは不明だが、部類的にはお嬢ちゃん育ちである自分をもこれほど感動させられるという事実。人の嗜好というものも、育ちや生活環境よりも持って生まれた何かによって形作られるところ大なのかもしれない。何でこの親からこんな息子が生まれるんじゃ、と首をかしげたくなる例が巷にはあるが、そういったDNA文脈の畸形があるから人生や出会いは面白くなるのだ、と感慨深くなる。

どっかで理屈に合わない跳躍やらスキップがなぜか結実して面白くなる例、の絶好のサンプルがこの『For Losers』だろう。洗練をあざ笑う圧倒的に野太い生命力の乱れ咲き。社会的ポジションと統制の取れた学歴と無縁という点で、自分など日々"Loser"を実感させられている昨今だが、堂々と「労働者で何が悪いんだ」と勇気づけられるような気もして、何とも時機にかなったアルバムでもある。このアルバムは1968年から69年にかけて行われた異なるバンドによるセッションをひとつに束ねたもの。収録曲は1. Stick 'em Up、2. Abstract、3. I Got It Bad (and that ain't good)、4. What Would It Be Without You、5. Un Croque Monsieur (Poem: For Losers)の5曲。冒頭の"Stick 'em Up"で見事なR&B節を聴かせるLEON THOMASのヴォーカルでほとんど泣き笑いのハイテンションに見舞われてしまうが、続く" Abstract"における、テナー/アルト/バリトン/トランペット/フリューゲル/トロンボーンといった管楽器総出の厚みがリズミックに確実に体に堆積していく、泥臭さ満点の安定感も最高。確実に楽しい気分にさせてくれる、という麻薬の曳きを音楽で体現。Charles Davesが醸し出す、感度の悪いラジオの雑音が地べたを這うかのごときバリトン・サックスもユーモアたっぷり。『Blase』同様、Dave Burrell(今回はオルガン)の煩悩を拝したプレイが全体の秩序を影で支えている。意外にいいのが3.と4.のバラードで、Woody Shawの勇壮なトランペットが曲全体に締まりやバネ感を与えていることも大きいのだろうが、破天荒な男のロマンティシズムこそかくも深いものなのだと納得させられるサンプルのごとき、シェップのプレイも艶やか。ここに至って登場するののが、このアルバム全体の事実上の主役ともいえるChinalin Sharpeという謎のオバサン・シンガー。姿は分からないが、確実にソウルフードを長年食い続けてきた強烈な体臭と体躯のファンキーおばさんであることを、その声質が如実に語る。まあ、3曲目あたりではまだ仮面をかぶっているような気がしますが(男たちのロマンティシズムを壊さない範囲での歌いっぷりなので)。

で、やっぱり白眉は最後の"Un Croque Monsieur (Poem: For Losers)"なのだ。全部をかなぐり捨てた後の感動がある。吐息まじりのバリトン・サックスのG#音からスタートし、そこにシェップのテナー、ピアノ、ベースが参画、Ceder Waltonのピアノが強圧的に奏でる"G#/C#/F#/D/G#/C#/F#/h/G#~"のリフレインが強烈なグルーヴとなってうねるなかを、前述の臓物(?)おばさんChinalin Sharpeの滋養強壮的なすさまじいヴォーカルが"LALALALALA~"と濁流のようになだれこんで来る。この、男声でも女声でもないただの「肉塊パワー」にぶちのめされる。こんな調子で呪いを掛けられたようなピアノのリフレインが6分近く続く。途中、フリーっぽいピアノとベースを中心とした「寂」の時間や、地鳴りのように底から湧きあがる粘着力に満ちた管のオーケストレーションを挟んで再びピアノが盛り返す。こういった向かい風を受けてビンビンに乗ってくる"For Loser~"の歌詞の清々しさは感動もの。Wilbur Wareのぐわーんとダイナミックにしなうベースとも好相性。ピアノとドラムは時に不整脈的に絡むが、バスドラの微妙なもたつき感も土砂が流れる感じでいい。〆めは再び"C#/G"/C#/D/E/F#"の高圧ピアノユニゾンによるリフレインだが、終盤にベースのするっとした遊び心が楽しい。

登場人物が多すぎて「肝心のシェップはどこへ行った」という感じだが(そりゃ目立つとこでは目立っているけれど)、無法地帯をノリで束ねてしまうところに彼の凄さがある。バン・マスの技量はこういうところでこそ測られる。
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by kfushiya | 2010-09-13 12:33 | 音楽と日々雑感 | Comments(0)