【*2015/06】


by kfushiya
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

なんだかよくわからんうちに終わっていた絢爛の世界~『ヴィクトリア女王・世紀の愛』

高野秀行さんのイヴェントを楽しみにしていたが、勝手に1/10だと思い込んでいて、実は9日だったので気づいたときはすでに遅し。新年は思いっきり固定観念をはずすところからスタートしたかったので、この四字熟語からもっともかけ離れた人生をゆくこの方に是非お会いしたかったのだが残念だ。次の機会を狙おう。この方のあっぱれな奥様にも同じ女性として非常に関心がある。作品中に表れるあの肝の据わりっぷり、タダモノではない。

久々に友人のJさんと合い、その後渋谷の文化村。日曜の最終回は毎回1000円なのでそれを狙ってだが、現在上映中の『ベジャール』のほうはすでに観たので、もう一方の『ヴィクトリア女王・世紀の愛』を観ることに。当初からこの映画にはあまり関心がなく、さして期待はしていなかったがあまりにもあっけなく美しく終了し、自分のようなひねくれた女には「ははは・・」という感じだ。純愛中のカップルで観たならば盛り上がったりするのだろうか。個人的には思春期の娘の恋愛教育にはうってつけの映画だと思うが。「母娘で楽しむ恋愛映画」?息子に放蕩を戒めるのに見せるのもいいかも。映画のストーリーにあまり内容がない場合、純粋に衣装が綺麗だとか、俳優がかっこいいとか、イギリス英語が耳に心地よい、だとか景色が素敵、とかいう五感(料理が美味そう、というのはこの舞台設定ではありえないが)に訴える要素で楽しむしかない。

エリザベス女王にはエミリー・ブラント。あまり絢爛すぎないルックスに落ち着きがあって、厳格な管理のもとに抑圧されて育った高貴な貴婦人役にはぴったり。生涯にわたって純愛をささげた夫でドイツはコブルグ出身のアルバート公を演じるのはルバート・フレンド。数ヶ月前に観た『公爵夫人の生涯』でデヴォンシャー公ジョージアナを演じたKeira Knightleyと、プライヴェートでは恋人同士だという(ちなみに、この『公爵夫人の生涯』のほうが、作品のスケールの大きさも描かれる人生のドイラマティック度も格段に面白かった)。ダイナミックさには欠けるが、端正な美男子だ。エリザベスにはこのうえなく忠実だが、統治にはドイツ人らしい吝嗇さ(厳格さ)やエレガンスを無視した質実剛健さを発揮する姿が微笑ましい。物語は、未経験で若くして即位したエリザベスを、いかにアルバートが「全力でお守りしたか」を綴ったもの。愛の絆を際立たせるような数回のエピソードのあと、「末ながく幸せに暮らしましたとさ」的なまんが日本昔話のような字幕が入っておわり。「全力でお守りします」というと、皇太子の雅子妃へのプロポーズを思い出すが、現在の様子を見ていると、立場が逆だったらよかったのに(女天皇の伝統がないのでありえない話だが)、と思わずにはいられない。「后」より「女王」の方が似合う女性なのだから。皇太子が純愛をささげるほどに、株が下がってしまう雅子様・・。

とりあえず、「ダサかわいい」イギリス・ファッションの醍醐味は堪能できた。ヴィクトリアン・ジュエリーの美しさ(ゴールド・ジュエリーの渋い輝きに要注目)、漆黒の衣装に可憐に紫のアクセントを効かせた色彩感覚の妙など、衣装のサンディ・パウエルの英国調の演出はなかなかだった。ただし、以前読んだスコットランド女王・メアリー・スチュアートの伝記(『メアリー・スチュアート』(作品社))によると、美貌で鳴らしたメアリーに嫉妬しているエリザベスが数回登場するので、実際のエリザベスはエミリー・ブラント並に実際綺麗だったんかな、と思ったりしたが(もしかしたら違う時代のエリザベス?)

イギリスファッションが好みであろうとなかろうと痛感したのは、洋服文化の伝統の層の厚さにおいて、東洋人がいくら頑張っても同じ境地には達しないということ。頭のレヴェルはおぼつかないが、ファッションだけは将来的に鶴見和子さんのように着物に走ろう、と決意した一夜。母親が相続して着ていない着物たちが箪笥に眠っているのだ。
[PR]
by kfushiya | 2010-01-11 13:12 | 音楽と日々雑感 | Comments(0)