【*2015/06】


by kfushiya
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「ヨーロッパ型ピアノ修業」の音~久々にエレーヌ・グリモーを聴く

エレーヌ・グリモーがまだ妖精のような美少女だったときに、仙台でリサイタルに行ったことがある。父親が外タレの演奏会に子供を連れていくことを習慣化していたからである(82年のマイルス・バンドに無理やり連れていかれた兄は、後にとても感謝していた)。曲目は細部までよく覚えていないが、ラフマニノフやショパン、ドビュッシーあたりのロマン派で占められていたように思う。当時、実家で購読していた『レコード芸術』だったか『音楽の友』にグリモーについて記事が出ていたからか、かのヴラド・ペルルミュテルが絶賛、というキャッチでも載っていたからか、単に絶世の美少女だったからか、理由は不明だがとにもかくにも仙台電力ホールにお出かけした。プログラムに記載されてあった「イヴ・サンローランがグリモーを絶賛し、衣装をすべて引受けている」という件が、演奏より何より印象に残っている。演奏された曲目はどれも一定の基準以上のものではあったが、「若いわりには」という前提つき。ベートーヴェンなどを演奏している様子は想像がつかなかった。客は我が父親のようにルックスに惹かれてのおっさん連か、自分のようなパリやヨーロッパに憧憬を持つマセたピアノ少女ばかりだったような気がする。ブーニン初来日騒動等もあった、バブル期の話である。

そんなグリモーだが、少々変わった歳のとり方をした。売れっ子ピアニストの他の肩書きは、北米だかカナダの「狼センター所長」である。フランス女らしさはなりを潜め、どちらかというとドイツっぽい(実際、ベルリンで過ごすことも多いらしい)。むら気で不機嫌な幼女がピアノに開眼し、天才少女といわれる時期をへて、伸び悩みつつも演奏家として成長していく過程と平行しての、狼との運命的出会いや一人の女性としての嗜好の成熟は、自叙伝『狼のソナタ』?(原題は 『Variations Sauvages』 だがドイツ語版だと 『Wolfs Sonaten』 だった)で語られている。なぜ今急にグリモーを思い出したかといえば、先日無性にブラームスの「2つのラプソディー」を聴きたくなったとき、手元にあったのがグリモー版だったから。

名門ドイッチュ・グラモフォンから出ているHelene Grimaud 『Reflection』というアルバムだ。クラッシックでも最近はこういう企画モノ、盛んなんでしょうかね。最近でもブラームス直系の末裔・ヘルマ・ザンダー・ブラームス監督がマルティナ・ゲデクと組んだ『クララ・シューマン愛の協奏曲』が記憶に新しいが、エレーヌ・グリモーが「シューマン~クララ~ブラームスの愛の在り方(この3人は、グリモーの序文によると"I want you to be"で結びついていたらしい)」に着目し、この3人の曲を様々な形態で一枚のアルバムに収めたもの。冒頭がエサ・ペッカ・サロネン&ドレスデン歌劇場管弦楽団と組んだ、シューマンのピアノ・コンチェルト第一番、次が才媛メッゾ・ソプラノ歌手アンネ・ゾフィー・フォン・オッターとのクララの歌曲3曲、チェリストの・トゥルルス・モルク(Truls Mork)とブラームスのピアノとチェロのためのソナタ第一番、と来て最後はソロの「2つのラプソディー」で〆るという趣向。しっかし、これだけのスターを「伴奏扱い」でグリモー名義で総出演させているとは少々驚きである。そんなにもスターだっかのか、グリモー?

演奏のほうは、コンチェルトではオーケストラの音に沈みがち、デュオではかえって目立ちすぎ、という感じ。ただ、そのピアノの音色に「優等生っぽい臭いが全くしない」のが魅力だ。ジャック・ルヴィエやピエール・バルビゼなんかの、フランスの名教師の教えは受けているはずだが、「一匹狼」的雰囲気が濃厚に漂う。独学っぽいのだ。さすが狼女である。技術的にいえば、グリモーより上手いピアニストは今日びの日本にもいくらでもいるだろう。ただし、「コンクール臭い」タイプが圧倒的に多いのである。幼少時より無味乾燥な練習曲の類をものすごいスピードでもってこなし、コンクールを制覇して築きあげたところの鉄壁の鎧。そういう跡が、グリモーには全くない。きっとその時々に最も気に入った「ステージ用の曲」のなかで、テクニックも自然に身につけていったのではないか。コンクールなんかとも無縁(入賞目当てではなく、審査員であった当時の師匠、ジャック・ルビエを追いかけて、ろくに課題曲も準備しないでモスクワのチャイコフスキー・コンクールに行った話をどこかで読んだ)。そういう自然体の精神が、陰影のあるピアニズムとなって表れている(これがセンスというやつ?)。

事実、優等生がやっても何の面白みも存在感もない企画モノである。

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↑『Reflection』(deutsche grammophon) のジャケット
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by kfushiya | 2009-11-19 11:24 | 音楽と日々雑感 | Comments(0)